【感想】 「無間人形 -新宿鮫Ⅳ-」大沢 在昌 著



読んだ本のこと

情報科学:00

ジャーナリズム:00

哲学:10

歴史:20

社会科学:30

自然科学:40

技術,工学:50

産業:60

文学:90

公開日:2025/6/21    

■本、著者の情報
<作者>大沢 在昌
<発行日>1994年7月
<出版社>(株) 光文社

■登場人物

・鮫島:主人公。38歳前後。新宿署防犯課に所属する警部。“アイスキャンディ”と呼ばれる覚醒剤の密売ルートを追うなかで、恋人・晶が事件に巻き込まれたことを知り、彼女を救うため香川家の本拠地へと乗り込む。

・晶:鮫島の恋人。鮫島より十才以上年下。ロックバンド「フーズ・ハニイ」のボーカル。ライブの巡業で地方を訪れた際、かつてのバンド仲間・国前耕二と再会するが、香川家と平瀬の陰謀に巻き込まれ監禁されてしまう。

・香川 昇:地方財閥 香川家の分家の長男。本家の影響力から逃れるため、覚せい剤の密売に手を出す。そして心のどこかで破滅を望んでいた。景子を愛していた事に苦悩していた。

・香川 進:昇の次男。アイスキャンディの密売役を務めるも、自らも使用し中毒者になる。暴走の果てに藤野組の角を殺害し、その報復として命を落とす。

・香川 景子:本家の長女。香川家本家の長女。昇と互いに想い合っていたが、本家の立場ゆえに結婚は許されず、別の男性と結婚して後に離婚。 表には出さないが、寂しさと葛藤を抱えながら生きてきた女性。

・国前 耕二:昔、晶と一度だけ関係を持ったことがある。晶と会った際に、香川家と平瀬の陰謀に晶を巻き込んでしまう。晶を助けようとして平瀬の怒りを買い、命を落とす。

・平瀬 直実:アイスキャンディの製造現場をおさえ、香川昇たちと組もうとするも、かつて兄貴分を殺された恨みから香川昇を拷問し、抵抗する国前耕二を殺害してしまう。最後は鮫島との対決の末、逮捕される。


■感想

新宿鮫シリーズ第4作にして、直木賞を受賞した傑作。 本作では複数の登場人物の視点からストーリーが展開され、それぞれの物語がやがて一つに収束していく構成が見事で、650ページという大ボリュームながらも読者を飽きさせない緊張感が全編にわたって続く。

また第2作・第3作では比較的傍観者的な立場にあった晶が、第1作以来となるかたちで事件の核心に巻き込まれ、物語の中で大きな存在感を示す点は、本作の大きな見どころの一つと言える。 これまで晶の人物像は、主に鮫島との関係性を通じて描かれていたが、今作では彼女自身の過去に触れつつ、鮫島と切り離された単独行動が描かれており、新鮮な印象を受けた。

一方で、地方財閥・香川家とヤクザ・藤野組の対立という図式には、社会の裏面に潜む「権力と暴力」のリアルな構造が浮かび上がっていた。 法や倫理を超えた世界でどちらが真の支配者となるのか、その駆け引きは非常にスリリングだったが、最終的には香川家の弟・進の覚醒剤による暴走によって、 物語が強引に幕を下ろす形となり、期待していた知略戦や静かな緊張の爆発といった見せ場がやや希薄になってしまった点は残念だった。 特に、香川昇が平瀬にあっけなく捕らえられてしまう展開や、地方財閥としての“圧”がほとんど描かれなかったことには物足りなさを覚えた。

鮫島の活躍も若干控えめで物語を動かす中心人物であった感が薄い。一見、密売組織に迫っているように見えるが、実際には麻薬取締官・塔下の誘導がなければ核心に近づくことはできず、進の暴走や死を止めることもできなかった。 晶の監禁場所にたどり着けたのも、塔下の部下・石渡の情報によるものであり、鮫島単独の手柄とは言い難い。 ただし、香川昇に「進の最期を知りたくはないか?」と投げかけた場面では、冷静かつ的確な判断を見せ、結果的に晶を救出するきっかけを作った点では、主人公としての見せ場を保っていたとも言える。

金も権力も持つ香川昇が、なぜアイスキャンディの密売という道に踏み出したのか。 分家という立場にあった彼は、本家の女性・景子と結ばれることもかなわず、香川家の庇護から逃れたいという思いとともに、心のどこかで自らの破滅を望んでいた。 そして自身の破滅が確定的となった終盤、景子からの言葉と、拳による殴打という行動に込められた気持ちを受け取り、ようやく彼女の本心に触れることができた昇は、幸福を感じることができた。 しかしそれは、あまりにも皮肉で、哀切に満ちた結末であったと思う。

全体としては、緻密な構成と豊富な人物描写、社会問題への鋭い視線が融合した非常に完成度の高い作品であることは間違いないが、 権力者たちの対立が進の暴走という形でやや唐突に終結してしまった点や、鮫島の主導性が希薄だった点に関しては、読者として若干の物足りなさを感じざるを得なかった。




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情報科学:00

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