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■本、著者の情報
<作者>夏目漱石
<発行日>1950年1月, 原版は1906年4月
<出版社>角川文庫
■背景
『坊っちゃん』は1906年(明治39年)に発表された夏目漱石の代表作で、舞台は四国の中学校がある地方都市である。
作中では地名が明示されていないものの、漱石が1895年に英語教師として赴任した愛媛県松山市がモデルとされている。
坊っちゃんの経歴や赴任先での体験には、松山の中学校に教師として赴任した夏目漱石自身の足跡と重なる部分が多く見られる。そのため、坊っちゃんは漱石自身がモデルだと思われがちである。
しかし、坊っちゃんには別の実在人物がモデルとして存在したとも考えられている。諸説あるものの、最も有力なのは、漱石と同時期に愛媛県尋常中学校で数学教師を務めていた弘中又一である。
弘中は正義感が強く、豪放磊落な人物として知られており、その気質が坊っちゃんに投影されたといわれる。
ただし、坊っちゃんは漱石自身の反骨精神や江戸っ子気質も取り入れた創作上の人物であり、特定の一人をそのまま描いたわけではないとされる。
■登場人物
・坊っちゃん
主人公。東京の物理学校(現在の東京理科大学の前身)を卒業後、校長の勧めを受けて四国の中学校に数学教師として赴任する。江戸っ子気質で血気盛ん、無鉄砲な性格の持ち主である。
本名は作中で明かされない。「坊っちゃん」とは、幼い頃から主人公を可愛がっていた下女の清が呼んだ愛称であり、作中では野だいこから「勇み肌の坊っちゃん」と皮肉を込めて呼ばれることもある。
子供の頃からいたずら好きで喧嘩っ早く、その性格のため両親には冷たく扱われ、兄とも不仲だった。しかし、大人になっても曲がったことを嫌う気質は変わらず、嘘や不正を何よりも憎み、自分だけでなく他人の不正も決して許さない。
蕎麦や団子を好み、髪形は五分刈り。短気で向こう見ずな面がある一方、強い正義感と率直な性格を持つ人物として描かれている。
・清
坊っちゃんの家に仕える下女。明治維新によって没落した家柄の出身である。家族から疎まれていた坊っちゃんを唯一深く理解し、我が子のように可愛がっていた。
坊っちゃんが家を出る際には自分も一緒に仕えられるものと信じていたが、それは叶わず、裁判所に勤める甥の家で暮らしていた。
その後、坊っちゃんが教師を辞職して帰郷すると、清は涙を流して喜び再び坊っちゃんとの生活を送る。
しかし間もなく肺炎を患い、この世を去る。死の前日、坊っちゃんに「後生だから、私が死んだら坊っちゃんのお寺へ埋めてください。お墓の中で坊っちゃんが来るのを楽しみに待っています」と言い残した。
墓は小日向の養源寺にある。
・兄
色が白い顔立ちが特徴。実業家志望で英語を勉強していた。
性格は坊っちゃん曰く「元来女の様な性分で、ずるい」ため坊っちゃんとは仲が良くないが、両親からは可愛がられていた。
商業学校卒業後、家財のほとんどを叩き売って金に替え、坊っちゃんに六百円を渡す。
・父
頑固だがえこひいきはしないというが、坊っちゃんには小遣いはやらなかった。何かにつけて「貴様はだめだ」と口癖のように叱っていた。
妻が亡くなってその6年後の正月に卒中で亡くなる。
・母
坊っちゃんが親戚の家に泊まりに行っている間に病死した。「そんな大病ならもっと大人しくすれば良かった」と坊っちゃんは後悔している。
・山嵐
数学の主任教師。名字は堀田で、会津出身。正義感が強く、生徒たちから厚い人望を集めている。
坊っちゃんに対する生徒たちの陰湿ないたずらが職員会議で問題となった際には、当時は坊っちゃんと対立していたにもかかわらず、生徒の厳罰処分を主張した。
一方で、坊っちゃんが宿直中に学校を抜け出して温泉へ行った件についても厳しく注意するなど、立場に左右されず筋を通す人物である。
その後、自ら坊っちゃんに紹介した下宿「いか銀」の実態を知ると、非を認めて謝罪し、以降は坊っちゃんと意気投合する。
赤シャツの陰謀によって喧嘩騒動に巻き込まれ、辞職へ追い込まれたことへの報復として、坊っちゃんとともに芸者と密会していた赤シャツと野だいこを懲らしめる。
・赤シャツ
教頭。「赤は体に良い」という持論から、一年中フランネルの赤いシャツを着ていることから「赤シャツ」と呼ばれる。
表向きは物腰が柔らかく温厚な人物だが、その実態は陰険で策謀家である。うらなり君の婚約者であったマドンナを手に入れるため、うらなり君を宮崎へ転勤させる。
さらに自らの行動を批判する山嵐を疎ましく思い、弟を利用して喧嘩騒動を仕組み、山嵐を辞職へ追い込む。
それ報復として、芸者との密会からの帰り道で野だいことともに山嵐と坊っちゃんに待ち伏せされ、懲らしめられる。
・野だいこ
画学教師。名字は吉川。東京出身で、自らを江戸っ子と称し、芸人風の「……でげす」という口調で話す。
赤シャツの腰巾着的存在であり、上司にはおべっかを使う一方、気に入らない相手には陰口を叩くなど、卑屈で調子の良い性格をしている。
・うらなり
英語教師。名字は古賀。お人好しで控えめな性格の持ち主。坊っちゃんは親しみを抱いている。
色白で青白く、ややふくれた顔立ちをしており、その容姿が瓜(うり)を連想させることから「うらなり」というあだ名を付けられた。
マドンナの婚約者であったが、父親の急死によって結婚が延期されている間に、赤シャツがマドンナと親しくなる。
やがて赤シャツの策略により、表向きは家庭の事情を理由として転任を勧められ、本人は再三拒否したものの説得に押し切られ、延岡へ転属することとなった。
■あらすじ
一
「親譲の無鉄砲で子供の時から損ばかりしている」
学校の二階から飛び降りたり、ナイフで自分の指を切ったりするなど向こう見ずな行動を繰り返すため、父や兄には疎まれていた。
しかし、下女の清だけは彼を深く理解し「将来きっと立派になる」と信じて可愛がっていた。
やがて父の死後、物理学校を卒業した後に、校長の勧めで四国の中学校の数学教師となることを決意し、清に見送られて新天地へ旅立つ。
二
四国の中学校へ赴任するため汽船と汽車を乗り継いで松山へ向かう。
道中では田舎の風景や人々の様子に戸惑いながらも、新しい土地への期待を抱く。到着後、紹介された下宿「いか銀」に住み始めるが、食事や生活環境に不満を感じる。
また学校へ出勤して校長や教頭の赤シャツ、数学主任の山嵐ら教職員と初めて顔を合わせる。彼らの様子を観察しながら、それぞれに独特のあだ名を付ける。
三
赴任早々、生徒たちのいたずらの標的となる。ある日、蕎麦屋で食事をしている姿を見られたことから、生徒たちにからかわれ嘲笑される。
また、宿直の夜には生徒たちが天井裏で大騒ぎを始めたため、これを捕まえようとするが逃げられてしまう。
翌日の職員会議では、この騒動について坊っちゃんの監督不行届きが問題視される。
しかし山嵐が擁護したことで、生徒たちの悪質ないたずらこそ問題であると認められ、最終的には生徒たちが処分を受けることとなる。
四
教頭の赤シャツが、英語教師のうらなり君の婚約者であるマドンナに近づいていることを知り、不快感を抱く。
また、赤シャツと対立する数学主任の山嵐に対しては、正直で男らしい性格に好感を持ち始める。
五
坊っちゃんは赤シャツに誘われ、うらなり君や野だいことともに住田という温泉地へ出かける。
そこで赤シャツがうらなり君の婚約者であるマドンナに好意を寄せていることや、うらなり君を遠ざけようとしていることを知り、ますます反感を抱く。
また、赤シャツと野だいこが山嵐の悪口を言う様子を見て、その陰険な性格を嫌悪する。
帰り道には山嵐と偶然出会い、坊っちゃんは彼に親近感を覚えるようになる。
六
赤シャツの策略により、うらなり君が延岡への転任を受け入れることになる。
坊っちゃんはその裏事情を知って憤慨し、赤シャツへの不信感をさらに強める。一方で山嵐も赤シャツのやり方に反発しており、坊っちゃんは彼との親交を深めていく。
しかし、赤シャツと野だいこは二人の仲を裂こうと画策し、坊っちゃんに山嵐の悪評を吹き込む。
一時それを信じて山嵐と距離を置くが、次第に赤シャツ側の言動にも疑問を抱き始める。
七
下宿の主人「いか銀」が山嵐の悪口を言いながら赤シャツに取り入ろうとしている様子を見て、その卑劣さに嫌気が差す。
また、うらなり君の転任が決まり、坊っちゃんは赤シャツのやり方にますます反発する。
そんな中、山嵐から直接事情を聞き、自分が赤シャツたちに利用されていたことを悟る。
誤解が解けた坊っちゃんは山嵐に謝罪し、二人はより親しくなる。
八
赤シャツは山嵐を排除しようと画策し、町で起きた喧嘩騒動を利用して山嵐に責任を負わせる。
新聞にも大々的にこの事件がとりだたされるが、それは間違いであると新聞社に訂正を申し入れるが受け入れられない。
その影響もあって山嵐は学校を辞職することとなる。坊っちゃんたちはその背後に赤シャツの陰謀があり、弟を利用して、山嵐たちを扇動したこと、新聞社にも口入れしたことを確信する。
正義が踏みにじられる現実に憤りを覚えた坊っちゃんは、山嵐と協力して赤シャツの悪事の証拠をつかもうと決意する。
九
山嵐から、赤シャツと野だいこが芸者と親しく付き合いながら表向きは品行方正を装っていることを聞かされる。
二人は赤シャツの偽善を暴くため、芸者との密会の証拠をつかもうと計画する。
十
坊っちゃんと山嵐は、二人が芸者と密会する現場を押さえようと旅館の近くで張り込みを行う。
数日にわたる監視の末、赤シャツと野だいこが芸者と宿泊した証拠をつかむ。
二人は旅館を出た赤シャツたちを待ち伏せし、これまでの卑劣な行為への怒りをぶつけて制裁を加える。
十一
その後坊っちゃんは即座に学校に辞表を提出し、松山を去って東京へ戻る。
山嵐もまた学校を辞め、二人はそれぞれ新たな道を歩むことになる。帰京した坊っちゃんは、変わらぬ愛情で迎えてくれた清と再会し、ようやく心安らぐ生活を手に入れる。
その後、坊っちゃんは鉄道会社に勤めるようになる。しかし数年後、清は肺炎で亡くなる。坊っちゃんは清の遺言に従って手厚く葬り、その墓をたびたび訪れるようになった。
清への深い感謝と愛情を描いて物語は幕を閉じる。
■感想
坊っちゃんの真っすぐで裏表のない性格が大きな魅力だと思った。
思ったことをすぐ口に出し不正や卑怯な行為を見過ごせない。
その潔さは時に無鉄砲で、周囲との衝突を招くが、だからこそ生徒や教師たちとのやり取りに独特の面白さが生まれている。
特に、坊っちゃんが赤シャツや野だいこのような腹に一物ある人物たちを理解できず、正面からぶつかっていく姿は痛快であり、読んでいて思わずにやけてしまう場面も多かった。
一方で、物語全体の語り口は比較的淡々としている印象を受けた。現代の小説のように大きな山場や感情表現が続くわけではなく、出来事が次々と語られていく。
そのため、もう少し起伏や緊張感があればさらに引き込まれたように思う。ただし、これは明治時代の作品であることを考えれば、当時の文体や読者の好みに合わせた表現だったのかもしれない。
終盤で坊っちゃんと山嵐が赤シャツと野だいこを懲らしめる場面は爽快だった。
しかし、その後の結末には少し物足りなさも感じた。赤シャツの陰謀は読者には明らかであるにもかかわらず社会的には彼の立場が大きく揺らぐことはなく、
むしろ坊っちゃんたちの方が問題を起こして去っていったように見えてしまうからである。
もし赤シャツの不正が公になり、教頭としての地位を失ったり、マドンナとの関係が破綻したりするところまで描かれていれば、勧善懲悪の物語としてさらに痛快な結末になったのではないかと思った。
もっとも、そのような割り切れない結末だからこそ、現実社会では必ずしも正義が勝つとは限らないという漱石の視点が表れているとも感じられた。
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