平安京, 洛中の場所



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公開日:2026/8/14    

■平安京, 洛中の範囲

平安京は794年に桓武天皇が長岡京から遷都して造営した、中国・唐の都「長安」を参考にして造られた都です。 東西約4.5km、南北約5.2kmの長方形に区画され、中央を朱雀大路が南北に走っていました。南端には羅城門、北側には朝廷の中心である平安宮が置かれました。

洛中は平安京のように最初から定められた都市区域ではなく、時代とともに形成された京都の中心市街地を指す言葉です。 特に豊臣秀吉は1590年代、京都を大規模に改造し、市街地を囲む御土居を築きました。この御土居の内側を「洛中」、外側を「洛外」とする区分が生まれ、近世には定着していきます。

したがって平安京の範囲と後世の「洛中」は同じではありません。平安京の西側、特に右京は低湿地が多く、水はけが悪かったため、次第に衰退しました。 一方、比較的環境のよかった東側の左京では人口や市街地が発展し、京都の中心が東へ移っていきました。その結果、平安京として設定された区域の一部が、後世の市街地である洛中には含まれない状況になっています。

以下図の黒枠内が平安京、青枠内が洛中となっています。



以下が平安京の詳細範囲です。






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