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■本、著者の情報
<作者> ウィリアム・フォン・ヒッペル (1963-) 社会心理学者
<発行日> 2019年10月 (株式会社 ハーバーコリンズ・ジャパン)
■解説 ネタバレあります。
本著は「人間の脳が大きく発達し高度な知能を得たのは、複雑な社会的環境へ適応するため(生存確率と生殖確率を上げるため)に進化した」という
社会脳仮説に対する裏付けを、データや事例を紹介しております。
タイトルの「われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか」に対する答えを端的に述べると「その方が生存確率と生殖確率が上がるから」です。
これは人間が意識してそれを実践してきたわけではなく、性淘汰の結果論になります。
更に言うと、幸せを感じる理由や幸せが一時的にしか継続しない理由、人の役に立ちたいと思う気持ち、一見すると損する行動も、これらも長期的に見ると全て「生存と生殖の確率を上げるため」の行動と著者は述べています。
(例えば、幸せが長く続くとそれ以上進歩的な行動を行わなくなる。人の役に立てないと集団から追放される危険性があるため)
ちなみに原題は「THE SOCIAL LEAP」で意味は「社会的飛躍」、邦題とは全く異なります。
本書でいう社会的飛躍とは比喩的には「森林から草原への飛躍」、言い換えると「社会的な解決策への飛躍」となります。
■感想
内容はとても面白いものでしたが、著者の主張を一方向から述べるだけではなく、様々な観点から矛盾がないか、反論の余地はないのかまで検証して欲しかったというのが一番の感想です。
人間の行動原理は「生存と生殖の確率を上げるため」という著者の主張はとても説得力のあるものだと思います。
しかしそうだとすると、人間として崇高だと思っている行動や欲求、例えばマズローのいう自己実現の欲求や、カントのいう理性的な行動も、
結局は「交尾できるチャンスが増え、長く生き延びる事ができるから」という事になりますが、そういった視点からも反論の余地がないのだろうかと思いました。
また人が年老いて死ぬ理由は、貴重な生物学的資源を組織の修復に費やすのではなく繁殖するために費やすから、と述べており、生存より生殖の方が優先順位が高いことを示しております。
しかしそれではなぜ同性愛の思考を持つ人がいるのかという理由を、著者はどのように考えているのかも述べて欲しいと思いました。
自分の遺伝子を引き継ぐためには、自分自身の子供を設けなければいけないという訳ではない(ミツバチが自分の子孫を残さない理由に近いと私は思いました)という事は述べているが、では同性愛の思考を持つ人は種全体の生存確率を上げる能力に長けているのか?
著者は、保守ではなくリベラルよりの思考を持っていると思われる発言が随所にみられた。
例えば、アメリカの保守派支持層とリベラル派支持層を比べた時に、保守派の支持層の方が幸せと感じているという調査結果についての紹介があったが、
「保守派の人は幸せだと感じていると言っているが実際に幸せかどうかは分からない」としており、SNS上の写真からはリベラル派の人の方が本当の笑み(=本物の幸せを出している証拠)を出しているという主張を著者は支持している。
私はそれこそ根拠に乏しいのではないかと思う。また、著者はグローバリズムを良しとしているような趣旨の発言もあった。
■その他 印象に残ったこと
・人類が森から離れサバンナに出た理由は、東アフリカの大地溝帯によって分断されてしまったため。
これが正しいかは諸説あります。森林地帯にも人類の祖先が生息していた化石が発見されたということと、サバンナでは体毛を喪失したと理由の説明が付かないため (こちらでも説明あり)。
・人類が協力し団結することを覚えたその第一歩は、サバンナで捕食者から身を守るために皆で石を投げる事を覚えたこと。
そして協力しないものへ制裁(追放など)を加えるようになり、人々はそれを免れるために積極的に協力する特質を身につけた。
・集団行動する動物はいるが、協力する動物は限定的。人間は4歳の子供でさえ協力者と非協力者を見分けようとする。チンパンジーは協力した動物と協力していない動物分け隔てなく餌を分ける。
また、人間は白目と黒目がはっきりしているため目線がよく分かるが、チンパンジーは黒めの部分が多く目線が分かりずらい。これも協力する人間にとって自分の目線を相手に伝えることの方が、より利益を得られるためである。
また自分の心の内を他社と共有したいという願望が人間は強い。
・社会的な課題に対応するため脳が発達し、認知革命が起きた。
ここまでのストーリーが正しいなら、ネアンデルタール人にも認知革命が起きたはずである。
しかし「サピエンス全史」を著したユヴァル・ノア・ハラリは、認知革命はホモサピエンスに起きたと述べている(その結果ネアンデルタール人は絶滅に追い込まれた)
両者の認知革命の定義が違うのかもしれないが、もしネアンデルタール人にも著者の言う認知革命が起きたらば、なぜネアンデルタール人は絶命したのか、その理由についても言及して欲しかった。
・ホモ・エレクトスは、現在の必要性を超えて将来に対する計画を立て始めた初めての種である。例えば、サルに1回分の食事量を超えた十分な食事を与えた場合においても、それを次の日食べるために残しておくことはせず、
腹が一杯になったら、餌を投げつけたり囲いの外に投げてしまう行動をとる。リスなどが冬を越すために餌をため込む行動においても、将来の必要性を理解して行動しているという証拠はなく、本能としての行動であると著者は述べている。
・相手の認識を理解した上で、意図的に誤った認識を植え付けるという高度な嘘をつくのは人間特有のものである。動物も嘘はつく(例えば敵が来たと嘘をつくサル)が、相手の考えの理解を必要としない。
・人間特有の「過剰模倣」も複雑な社会において生存確率を上げる行為である。
・人が人生の中で向き合う最大の挑戦は、他社を理解しその相手に対応することであるが、科学はあまり多くの事を教えてくれない。
IQではなく、社会的知性こそが人間の真の知的場力であり、IQの高さが必ずしも仕事の成功に繋がらない。
・技術イノベーションが人類の決定的な特徴とするならば、ほとんどの人がなぜ発明をしたことがないのか。その理由は、様々な問題に対しては社会的に解決してきており(これの革新的な解決策を社会イノベーションという)、技術的解決策を見つける能力を妨げていたためである。
ここで著者はもう一つの説、そもそも革新することは人類の特徴ではなく、一握りの天才だけが技術革新をしているだけであるという説も提示しているが、その根拠が否定される理由は述べていない。
・著者が考える三大社会イノベーションは、分業,貨幣,列に並ぶこと。またソーシャルメディアや、デーティングサイトがインターネット上で最も大きな社会イノベーションと考えている。
・縄張り意識によって集団のあり方が決まり、資源を独占する機会があるかないかでヒヒ型と象型の出現がきまる。
所得格差が広がる方が自己高揚感が高く、また報酬格差を減らせばヒヒ型リーダーは減る。ヒヒ型リーダーシップを正当化する戦略として集団間の対立を利用する。
・緊急時/不幸を感じている時は免疫力を確保するためのリソースを肉体的な資源に振り分けるため、免疫力は衰える。逆に幸せな人の方が風邪をひきにくい。
・子供を持ちたいという願望を持つように進化したのではなく、交尾したいという願望と産んだ子供をいとおしく感じるという性格に進化した。これは非効率であるとの指摘があるが、その通りである。
なぜそうなのかは述べられていない。
・探求の多くは「先祖たちが逃げ出したこと」「強く攻撃的な隣人によって追い出されたこと」である。
日本に到達した人は、逃げ出してきた臆病者の集まりであるという見方をする人もいるが、そうではなく、太陽信仰によって東から昇る太陽を求めてきたという説がある。私はこれを支持したい。
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