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■天竺とガンダーラの違い
天竺とガンダーラはいずれも、玄奘の求法の旅と深く関わる地名です。
天竺とは特定の都市や地域を指す名称ではなく、当時の中国や日本で用いられたインド全体を指す総称です。
玄奘はその天竺に赴き、最終的にはインド仏教教学の中心であったナーランダー僧院で学ぶことを主要な目的としていました。
ガンダーラはパキスタン北西部からアフガニスタン東部にかけて広がっていた古代の地域名であり、玄奘が天竺へ向かう途上で訪れた、仏教と交易が盛んに交差する重要な中継地でした。

■玄奘について
玄奘(602-664)は唐の時代の僧で、「西遊記」の三蔵法師のモデルとなっています。
629年にシルクロード陸路でインドに向かい、ナーランダ僧院などへ巡礼や仏教研究を行い、
645年に経典657部や仏像などを持って帰還。法相宗の開祖となりました。またインドへの旅を地誌『大唐西域記』を作成しました。

■ガンダーラについて
ガンダーラは東西交易の中継地として栄え、多様な民族・宗教・文化が交錯する地域でした。
紀元前4世紀、アレクサンドロス大王の東征によってこの地にギリシア系勢力が流入し、その後、バクトリア王国やインド・グリーク朝など、ヘレニズム文化を基盤とする国家が成立しました。
これにより、写実的な人体表現や遠近法、衣文の表現といったギリシア美術の要素が、ガンダーラ地方に深く根づいていきました。
一方で、ガンダーラはインド仏教世界とも密接に結びついていました。紀元前後にはクシャーナ朝がこの地域を支配し、特にカニシカ王の時代には仏教が国家的に保護・振興されました。
仏教教団は安定した政治的後援のもとで大きく発展し、各地に僧院や仏塔が建設されました。このような歴史的背景のもとで1世紀~3世紀頃にかけて成立したのが「ガンダーラ美術」です。
ガンダーラ美術の最大の特徴は、仏教的主題をギリシア・ローマ風の写実的造形で表現した点にあります。
特に、従来は象徴的に表されてきたブッダを、人間の姿として造形した仏像が多数制作されたことは特筆すべき点です。
波状の頭髪、写実的な顔貌、トーガ風の衣文表現などには、ヘレニズム美術の明確な影響が見て取れます。

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