■本の情報
<作者> 宮竹 貴久
<発行日> 2022年9月 (岩波書店)
ネタバレを含みます。緑字が私の感想/コメントです。
■要約
<本書の扱う「死んだふり」の範囲>
捕食回避行動としての「死んだふり」(擬死)、特に昆虫コクヌストモドキの擬死について扱っており、擬死の定義を「外部刺激に対して一定の時間、動かなくなる独特の不動のポーズをとる行動」としている。
従って蛇に睨まれたカエルの様な「フリーズ現象」や、擬死の中でも哺乳類の擬死は扱っていません。不動行為の分類を以下にまとめました。
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<捕食回避以外の擬死について>
① 捕食者側の擬死
カワスズメという魚は、擬死によって獲物を油断させ自身に近づいた途端に襲い掛かる。
② 交尾を避けるため擬死
ルリボシヤンマというトンボのメスは、無理やりしてくるオスとの交尾を避けるために、襲われそうになったら自ら水中にダイブして動かなくなる。驚いたオスはそのまま飛び去っていく。
この様に、繁殖におけるオスとメスの利害が一致しない状態を生態学では性的対立といい、オス側がハラスメントをしているともいいます。
この性的嫌がらせが生物多様性を維持するという旨のタイトルの論文を京都大学の講師が発表し、社会問題におけるセクハラと同一視され、問題となった出来事があります。
③ 人間の擬死
人間にも殺人鬼に襲われたときに擬死で難を逃れたという話や、熊に襲われた時に擬死をするのが良いという俗説があります。
人間の擬死が他の動物の擬死と異なる点は、人間は自分の意志を持って擬死をコントロールできるという所にあります。
他の動物の擬死は反射運動のため自らコントロールはできません。また他の動物は脈拍の低下や意識を失わせること等もできますが、
人間にはそれはできず、人間のやっているのは「擬死の真似」といっても良いのかもしれません。
人間が擬死ができないのは、人間の生存を脅かす生物がいない事を意味しています。
なお人間には「狸寝入り」という、都合が悪いことから逃れるための他の動物にはできない技を持っています。
これは狸の擬死が由来となっていますが「寝たふり」という意味でしか使われないですし(熊に襲われたときに狸寝入りをするとは言わない)、
また寝ている事を相手に思い込ませなくても良く、「寝たふり」しているという事を解ってもらえるだけでも良いのが、人間らしさがあってとても面白いです。
<擬死は効果があるのか>
本書の結論は、擬死は捕食回避に対して効果があるとしています。理由は、動かなくなることで捕食者の興味を他の動いている個体に向けさせることができるからです。
私は、捕食者はなぜ動かなくなる獲物を捕食対象と見なさなくなるのか疑問に思いました。動かないと獲物と認識できなくなるのか、あるいは死んだ獲物を食べたくないのか。
私は、死んだコクヌストモドキの体内では苦い化学物質の量が増大しているのではないか(死んだコクヌストモドキからベンゾキノンが放出されるのがそれを示唆している)、
そして捕食者はそれを経験的か遺伝的かで分かっているのではないかと思いました。
<擬死は捕食回避に対して効果があるなら、なぜ擬死をする個体としない個体がいるのか>
擬死をしない個体に比べ、擬死をする個体の方が生存率も高く、また卵から成虫になる期間も短いなど、擬死をする個体の方が生存に対して優位となっています。
ならば擬死をしない個体は淘汰されて、いずれ全て擬死をする個体になると考えられますが、実際にはそうはなっていません。
その理由は、擬死をしない個体はその分活発に動くので、同種の異性と出会う確率が増え交尾する回数が増えるので、子孫を多く残すことができるためです。
<その他興味深かったこと>
・歩いているとき、よく飛ぶ虫は擬死をしない
・夜や、空腹時、暑いときも擬死をしない
・ドーパミンが擬死をコントロールしている
・特定の周波数の振動を与えると擬死から覚醒する
<ヤギの擬死は何のためか>
ミオトニック・ゴートといって、大きな音を立てると体が硬直し擬死をするヤギがいますが、この行動が自身の生存を高めるとはとても思えません。
自らが犠牲になり他のヤギを逃がすことで種全体の生存率を高めているという説もありますが、個人的には納得できません。
本当にそうならば、いずれ疑死をするヤギはいなくなる筈ですし、また利他的な遺伝子は存在せず、個体が自分の生存のみを考えた結果
種全体が生き延びる事ができるという考えを私は支持しているからです。
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