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■本の情報
<作者> 伊坂幸太郎
<発行日> 2021年10月 (朝日新聞出版)
■感想 ネタバレを含みます。
良くいえば「伊坂さんの得意技全部乗せの」、悪くいえば「既視感にあふれた」作品と感じました。主人公が大きな事件に巻き込まれていく様は「ゴールデンスランバー」、シアンとアメショーのコンビは「マリアビートル」の檸檬と蜜柑を彷彿とさせます。
また、物語の展開が少し強引な所があり、檀先生があっけなく2度も捕えられるところ(そもそもそこまで野口達が檀先生を捕らえることに固執することの合理性に欠ける)や、球場でちょうどいいタイミングで檀先生と野口とマイク育馬が揃うこと、
マイク育馬が発砲することなど、蓋然性の低い出来事が都合よく起こりすぎていると感じました。
しかしサークル仲間の自爆テロが、自暴自棄になった訳ではなく今後のテロ抑止力のために企てたこと、また無関係の人を殺していないばかりか、自分達自身も実は死んでいないという展開は
とても意表を突かれ、さすが伊坂さんだなと思いました。仲間が自爆したにもかかわらず成美彪子があまりショックを受けていないことからも、仲間は死んでいないと解釈できます。
<ペッパーズ・ゴーストというタイトルの意味>
ペッパーズ・ゴーストとは、特殊な照明技術により本来そこには実在しない像を板ガラス上に投影する手法のことで、考案したイギリスのジョン・ペッパー氏の名前からきています。
ペッパーズ・ゴーストがタイトルになっている理由は三つ。一つ目は、檀先生の「先行上映」を表し、二つ目は、小説の中の人物だったはずのシアンとアメショーが現実となって檀先生の前に現れたことを表し、
三つ目は、サークル仲間の自爆テロの偽装を表していることからきています。
<自爆テロの偽装は可能なのか>
警察組織トップの家族がテロの犠牲になっており、その人はテロ撲滅を真剣に考えている。という事が、里見八賢から庭野に伝わっていた。
庭野はテロの際、実際には誰も殺さない偽装を装う事への協力を警察に要求する。そして庭野には警察のトップがその要求を受け入れるだろうとの見込みがあり、
実際にそのとおりになった。という流れです。テロの内容は外部に対して秘密にしやすいという事も、偽装実現性の根拠を補強してます。
<なぜ天童はホームランを打たなかったのか>
ピッチャーの投野に事前に忠告を送っていた人がいたと檀先生は推測していますが、
普通の人が単に忠告を送っただけなら未来は変わらないはず(それも込みの先行上映のはず)で、未来を知った上で忠告を送らないといけません。
私は、未来を知ることができ、且つ投野選手との繋がりがある人物が誰なのか解りませんでした。
<復讐の是非>
ニーチェの「喜びの方が深い悩みよりも深い」という言葉にあるように、サークルの仲間はテロに対する復讐を行うのではなく、将来のためになるような前向きな行動をとりました。
対して復讐を実際に行おうとした野口の考えは認められないという論調でしたが、しかし一方で、猫の虐待を扇動した人達へのネコジゴハンターの復讐劇については否定されておらず、
むしろネコジゴハンターの復讐が痛快であると感じた読者も多いのではないでしょうか。
これは実は大きな矛盾を抱えており、ネコジゴハンターの復讐を否定しないならば、結果的にテロを誘発させたマイク育馬への野口の復讐も否定できないはずです。
これは伊坂さんからの問題提起で「何が正解なのか」を判断するのは難しいという事を示しているのだと理解しました。
<全てが布藤鞠子の作品の中だった説>
わりと強引な物語の展開が中学生の粗削りさを演出しており、そしてP373の「何だか誰かに聞かせるために会話をしているみたいですね」とあるように、
読者を意識したような書きっぷりが布藤鞠子の作風をイメージさせることから、もしかして物語全てが布藤鞠子の作品の中なのではないか、
いや、むしろそうであって欲しいと個人的に思いました。そうならば展開の強引さなど納得することができますし、ここで四つ目のペッパーズ・ゴーストができあがり、伏線回収となります。
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