『ウォール街のランダム・ウォーカー』を読んだ感想



読んだ本のこと

情報科学:00

ジャーナリズム:00

哲学:10

歴史:20

社会科学:30

自然科学:40

技術,工学:50

文学:90

公開日:2022/4/2    

■本の情報 
<作者> バートン・マルキール , 井出 正介- 訳
<発行日> 2019年7月 (日本経済新聞出版社) 原著第12版

■概要 ネタバレを含みます。緑文字は私の意見、補足になります。
<著者の主張の要約>
著者は経済学者でランダムウォーク理論の支持者です。ランダムウォーク理論はフランスの数学者ルイ・バシュリエ(1870-1946)が提唱者ではありますが、 ランダムウォークへの対処としてインデックスファンドへの投資が有効であることを著者が提唱し、世に一気に広がりました。 ランダムウォーク理論は一言でいうと株価の動きは過去の株価の動きとは独立した事象であるというもの。 つまり短期的なトレンドやモメンタム等は存在せず、テクニカル分析は株価を予測するのに有効ではない手法であるとします。 またファンダメンタル分析においても、市場効率理論によって割安/割高な状態が続く銘柄は存在しなくなるため、割安株を見つけて買うことは実質的に難しいとします。 しかし超長期的みると物価のインフレ率を反映して株価は上昇するため、最も賢明な投資戦略は、米国S&P500平均へのインデックスファンドをドルコスト平均法等を使って購入し、長期間保有し続けるべきというのが著者の主張である。

長期的には上昇するならば、それがトレンドだと思うかもしれません。また随所にファンダメンタル的な分析手法が紹介されており、しかもこれが著者の推奨している手法なのか、 単にファンダメンタル分析主義者の主張を紹介しているだけなのか読み取れない部分があり、結局著者の主張はどっちなんだ?と思うかもしれません。 確かに著者は、ファンダメンタル分析もテクニカル分析を完全には否定していませんが(とは言えテクニカル分析を"けちょんけちょん"に貶していますが)、 それら手法を駆使してもそれに見合うだけの利益を得るのはプロでさえ至難の業であり、我々のような一般人がプロにも劣らず効率的に利益を得ることができる戦略が、 米国S&P500平均へのインデックスファンドの長期保有であるという事が著者の主張となります。日本では確定拠出年金制度があり、その制度を活用すれば著者の主張する米国株インデックスファンドのドルコスト平均法を簡単に行うことが出来ます。

なお株価の動きが過去の動きとは独立した事象であり、ほとんどランダムに決まるもの※であるという主張には少し抵抗感を覚える人がいると思います。 人間の心理もアルゴリズムの一部として考えて、何とかモデル化できれば株価の動きを予測できる筈で、単に今はモデル化できる技術が無いだけだと思うかもしれません。 確かにその通りですが、しかしそれは「現時点では」ランダムと言って良いのだと思います。人間の心理は外的要因などで決まる複雑系ですし、仮に完璧なモデルが出来上がったとしても、 それに従って皆が同じ様な行動をとるフィードバック系でもあるので。

※ 猿がダーツを投げて選んだ銘柄をモンキーポートフォリオと言い、プロが選んだ銘柄と比較しても勝率が変わらないという。 またランダムな事象であるという事を「猿がダーツを投げる」と表現するのを様々な書籍(特に洋書に多い)で見かけますが、もしかしたら本書が起源なのではないかと個人的に思っています。


以降は本書の中でも印象に残った部分を説明します。
<バブルの歴史>
過去の歴史からいかにバブルが形成されるかを研究することは、自分自身の身を守るうえで大いに参考にすべきである。 また市場で常に損をする人達、あるいは砂上の楼閣の罠にはまってしまう人達は、大小様々のバブルの魅力に抵抗できない人達であるとも述べている。

古くは17世紀のオランダのチューリップ・バブルやイギリスの南海バブルがあり、近年では成長バブル、ITバブル、日本経済バブル、住宅バブルの事例を紹介。 最近ではビットコインもバブルであると述べている。南海バブルにおいては、物理学者、天文学者のアイザック・ニュートンも損害に巻き込まれており、 「私は天体の動きは計算できるのだが、人間の狂気ばかりは測りきれなかった」と嘆いた。

<テクニカル分析>
テクニカル分析を一言で説明するならば、株価チャートを作り、それを解釈することであると述べる。この宗派に属する人はチャーティストやテクニシャンとも呼ばれる。 多くのチャーティストの信じるところによると、株価の動きのうち90%は心理的な要因によって形成され、チャートに示されるのは他のプレイヤーの過去の行動の結果に過ぎないとしている。

<チャート分析がうまくいかない理由>
トレンドが形成された後にしか行動することが出来ないため、上昇傾向のシグナルが明らかになるときには既に株価は上昇している。 また株価は市場効率理論に基づいているので、明日株価が上がるのが確実ならば、今日直ちに上がっている筈なので、チャートから予測することは不可能であるとする。

<ファンダメンタル分析>
一方ファンダメンタル分析は、株価の動きのうち90%は合理的な理由であると考える。過去の株価パターンはどうでもよく、その関心はひとえに株式の適正価値はいくらかという事だけに向けられる。 おそらくウォール街に勤める証券アナリストの90%は自らをファンダメンタル主義者とみなしており、チャーティストのことをプロ意識と威厳に欠けるグループと言って軽蔑するのだ。と述べている。 そして著者もチャーティストの事を軽蔑する人間の一人である。

<ファンダメンタル分析が必ずしもうまくいかない理由>
① 情報が必ずしも正しいとは限らない
② アナリストが価値の推定を間違う可能性がある
③ 市場も必ずしも自分の「間違い」を速やかに訂正するとは限らない

<現代ポートフォリオ理論>
市場はランダムに動くものであるというものの、損失のリスクを低減する手法として、現代ポートフォリオ理論(一言でいうと分散投資)の有効性を述べており、 その銘柄の月ごとに得られる利益の発生頻度分布を見て、リスクの大きさを測ることが出来る。分布のばらつきが小さく、損失の頻度が少ないほうがリスクが少ないと言える。

<行動経済学>
人は必ずしも合理的な行動をとらず、ほとんどの人が非合理な行動をとるという前提に立つと、株価形成上の歪みが投資家の心理によってもたらされるという事が説明できる。 またそうした株価の歪みは、市場効率理論によって必ず合理的な投資家の裁定取引(アービトラージ)によって正されると思うかもしれないが、裁定取引にも限度があるため、 必ずしも株価の歪みが矯正される訳ではないという (例えば砂上の楼閣が形成されている場合は、本来の株価の値に戻すような動き(売り)をするより、その流れに乗って「より馬鹿」な人に売りつけるために買った方が儲かると考えるため)。 従って、そうした投資家の行動心理を前提として投資戦略を打ち出せば儲かることが出来るはずであるというのが、行動ファイナンス学派の主張である。

人間の非合理的な行動例についてはこちらで説明しております。人間が非合理な行動をとるという事は認めつつも、それが投資戦略として活かせるかについては著者は懐疑的に見ています。 これまで非論理的な手法とされてきたテクニカル分析が、行動経済学によって裏付け説明できるのではないかと私は思っており、著者としてもこれまでさんざん貶してきたテクニカル分析の有効性を一部認めてしまうことになるため、行動経済学に対しても著者は懐疑的なのではないかと 個人的に思っています。

<誰もがインデックスファンドにしか投資しなくなったら>
全ての投資家がインデックスファンドにしか投資しなくなった場合、新しい投資情報が正しく株価に反映されなくなり、また効率的な市場を維持するのに必要な裁定取引などは行われなくなり、不適切な株価形成が定着するのだろうかという疑問に対して、 一言でいうと、「そんなことは起こらないので大丈夫。必ず一定数のトレーダーがいる」と著者は言います。

私はそれは答えになっていないと思いました。著者はテクニカル分析に対して 「本当に有効な方法であるとしたら、誰もがその手法を取るので、その手法は意味がなくなる」といった反論を自ら否定しているのと等しいのではないかと思いました。 それを踏まえると結局のところ、非合理な人間が一定数以上いるのは間違いないので、株価の動きは決してランダムではなく過去の動きに影響すると考えるべきなのではないでしょうか。 その動きを読み切るのは非常に難しいですが、もしそれが実現できたら投資に成功する筈なので、過去のデータや人間の心理から株価を推測する手法を研究することは必要なのだと思います。 ただ私はそのような知恵もないので、おとなしく著者の言う通り米国S&P500に投資するでしょうが。




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